平成13年8月15日。この日は終戦記念日です。そして正午。
ニッポン放送のラジオ番組「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」は、おかまいなしに・・・というわけでもないでしょうが、いつものとおりの生放送をやっていました。今日はラジオ局のスタジオを出て、お台場での特設ステージでの公開生放送です。特集は「番組リスナーが持っているお宝鑑定」でした。とはいえ、番組が番組ですから、ちょっと笑える「お宝」を持ったリスナーが次々と登場しています。そして、それをゲストのやくみつるさんが自分のお宝と比べて鑑定しています。ユリ・ゲラーが曲げたスプーン、宣伝用の松村邦洋の等身大の人形、そして。
「お宝特集、続いては神奈川県大和市の佐藤康浩さんです!」
「出たっ! 佐藤くんっ!」
静岡の自宅で、ちょっと入りの悪いニッポン放送を聞きながら、わたしは手をたたいて喜んでいました。彼が『お宝特集』に応募したのが採用されて、自分の『お宝』を持ってラジオに出る、と携帯メールから連絡があったのは、8月の初めの頃でした。
「俺も戦いますよ。演芸から何か足洗えないような気がする。目指せ木村万里です」
・・・そうかあ。頑張ってくれえ。
「おい、こいつ、ビバリスト(注45)だよ」
あ、佐藤くん、高田先生に顔知られてるんだ。すごい。
乾貴美子さんが尋ねます。
「何年くらい番組聞いてるんですか?」
「もう・・・ずっと・・・」
声から、腰が引けたような、ちょっとおどおどしたような、佐藤くんの様子が目に浮かびます。
あははは。
春風亭昇太師匠が聞きます。
「ビバリー聞いて、何かいいことありましたか?」
「・・・あ、いや、あんまり」
そうだよね。わたしなんかに関わっちゃってさ。ご愁傷さま。
「で、品物は何ですか?」
仰々しい音楽と共に、お宝が登場したようです。
「・・・ガスコンロ?」
「何ですか、これ?」
「家元のガレージセールで買ったんです」
「ああ、談志師匠のね」
高田先生の言葉が入りました。
ガレージセールのあった日の夜、佐藤くんから興奮した様子で電話が入ってきました。
「いやー、あの後、おねえさんが送り出してくれて良かったです。やっぱり根津に行って正解でしたよ。家元ってオーラが凄いっすねえ。ああいう人に会えて良かった。すごい人出だったんすけど、弟子のみんなに押し出されて『買え、買え』ってガスコンロ買っちまったっすよ。で、サイン入れてもらったっすけど・・・・」
佐藤くん、ごめんなさい。あなたの高尾太夫は、君と一緒に紺屋になることはできませんでした。高尾だった記憶を、演芸と寝た記憶を、体を、心が忘れられず、結局ネットに、演芸を語る場所に戻ってしまいそうです。大友さんが、この8月1日に本オープンした『東京かわら版ネット』について、『週刊FSTAGE・大江戸演芸捜査網』に書いてくださいました。業界誌の編集長への、ノーギャラでの、図々しい、わがままな原稿依頼です。オールアバウトという後ろ盾を失い、その上失業者と化した今の自分の立場と、書いていただくことによって後々生じかねないリスクを思うと、原稿をいただけるとはとても思っていませんでした。断られて当然、叱られて当たり前。しかし、原稿をお願いするとしたら、公式サイトが本オープンした今しかない。そう考えた上でのお願いでした。
「『東京かわら版ネット』が目指すもの」と題された、気合いの入った長文の原稿をメールでいただき、それを新しくオープンした近所のネット喫茶で確認した時は、かたじけなさと嬉しさに、ディスプレイの前で震えがきました。そして、わたしは数ヶ月ぶりに『しあたー名人会』に発言を書き込みました。
sub:ご案内と口上。ここにぶらさがりますね。(注46)
『東京かわら版ネット』の本オープンにあたりまして、東京かわら版・大友編集長から『週刊FSTAGE』の『大江戸演芸捜査網』にコメントをいただくことができました。ありがとうございます。
http://www.nifty.ne.jp/forum/ftheater/fstage/weekly/news/10802.htm
(『大江戸〜』にはこちらから飛んでください)* * * * * * えっと。(座りなおす)
このたび、私とりばかま、ちょっといろいろありまして、東京から実家のある静岡に戻りました。今後は、静岡を拠点に『しあ名』はじめ週刊FSTAGE・各会議室等に参加してゆきたいと思います。
(『週刊FSTAGE』に、ひき続き執筆を許してくださった週刊FSTAGE・神保編集長はじめスタッフの皆さま、ありがとうございます)改めまして、「何とぞよろしくお願いします」。
鳥袴(とりばかま)たつみ@週刊FSTAGE(HQP01470@nifty.ne.jp)
けれども、これでは食べてゆけません。そのうち、職場にも戻ります。でないと生きてゆけません。借金を返すこともできません。それも、わたしの分のみならず、親がわたしを背負うために借りてくれたお金も払わなくてはいけません。
佐藤くん。
『菊次郎のケツ』であり、町工場(こうば)のあんちゃんの君には、オールアバウトを通して演芸界とマスコミがタブーとしていることに少なからず触れてしまった今のわたしは背負いきれない。東京でお笑いライブを見たい君が、わたしと静岡で暮らす理由はない。静岡で、神奈川で、そして時には東京で。お互い、客席で『笑い』ながら、『笑う』しかない現実を、『笑い』とばして、生きてゆこう。
君は、自分が思っているよりずっと強い、立派な、すごい男なんだ。
今のわたしは、静岡に住む、ひとりの演芸好きのおねいちゃんでしかありません。しかし、わたしは、紺屋高尾です。そして、蹴転です。これから、ひとりで、静岡という場所で、演芸に関して文章を書くというのは困難なことになるのでしょうか。こんなふうに、すべてをぶちまけてしまったらまして。
しかし、だからこそ、いつか誰かがどこかでネットの中でそれぞれの形で演芸の何かを知りたい、と思った時に、わたしの言葉が、わたしが引き出した誰かの言葉が、何らかの形で検索エンジンにひっかかり、リンクされ、クリックされて、演芸への関心へのささやかな手がかりになってくれますように。
そして、わたしはひとりのおねいちゃんとして楽屋口と客席の間にい続けたい。これからも、できる限り情報を受け止め、情報と「芸」に関する言葉が交錯する場所で、そして演芸の世界の了見と一般社会の常識のはざまで、あえて現実と積極的に切り結んで文章を書き続けてゆきたい。そう思っています。なぜなら、それが、わたしなりの形で演芸の現実に関わり続けるためのひとつの手立てである、と知ったからです。
「ガスコンロ、いくらで買ったんですか?」
「代金は100円なんすけど、家元のサイン代が別に1000円です」
「あこぎな商売するな〜、家元も」
高田先生が言いました。
「で、そのコンロには何て書いてあるんですか?」
乾さんと昇太師匠が、けげんそうに声をそろえて、サインに添えられた文字を読みました。
「・・・『これで火事になると面白い』?」
「はははは」
お台場では、佐藤くんとガスコンロを囲んで生放送が続いています。
ラジオを聞きながら、わたしの中にはひとつの問いが浮かんでいました。それは、電話でガレージセールの様子を聞いた時から、ずっと心の中にわだかまっていたものでした。
「家元。わたしは、火事を起こしたのでしょうか?」
(おしまい)
(2003.12.18)