No.17 ああ、メディアセックス?(2)

 雑誌の言葉は、朝の自分に激しく問いを投げかけ、答えを迫ってゆきます。

「ジャーナリズムのきわめて大きな特徴として、いろいろなものを評価するという力がありますね。そもそも話題を評価して大小を決める。そこで取り上げる人物がある。文化面なら、その人の思想まで評価するわけです。そういう機能は、これからどこが担当してゆくのだろうか」(山崎正和)

「つまり、エディターシップね」(三浦雅士)

「エディターシップのいわば副次的効果みたいなものですよね。これには面白い逆説が働きましてね。自分がいちばん強く関心を持っている問題については、みんな一家言あるわけですよ。しかし、他の分野についてはお任せしているわけです。ということは、自分の関心から遠いところほど、実はエディターシップの影響力が強くなるわけです」(山崎正和)

 わたしはライターではあったかもしれないけれども、エディターではない、そう思っていた。ですから、オールアバウトで落語家さんの評価はしたくなかった。高座がどうこう、という話は極力避けようと思っていた。自分が落語家さんを取り上げることで、その方に何らかのプレッシャーを与えたくはない、そう思った。高座の芸に関してはそれぞれの評価があるだろうから、自分の言葉が他人に影響を及ぼすのは極力避けたいと願い、口をつぐもう、と考えていた。

 それに、高座を語ることは、わたしの場合、受け止める自分について語っているだけではないか、ということにある時気がついた。自分の思い入れを、自分にとっての物語を、必要以上に高座の落語家さんにかぶせてはいけないのではないだろうか。それは、わたしの物語になってしまう。ならば、自分の思いはできるだけ排除して、取材やマスコミ報道などで知った事実を淡々と書くようにしよう。@nifty会員のみのクローズドなパソコン会議室「しあたー名人会」はともかく、一般にも開かれたサイトである「週刊FSTAGE」の「大江戸演芸捜査網」を押しかけで書くようになった時、わたしはそれを自分の中で密かな方針とした。だから、オールアバウトでも、あくまでサイトについてのみ語ろうと思っていた。サイトを語ることで、社会の中での落語のとらえられ方を話題にしたかっただけ、なのに。

「本質的にメディアとソースの関係はかなり緊張をはらんだもので、ソースの方はやっぱり自分にとって都合のいいことを言ってもらいたいし、メディアの方としては、いろいろ知りたければなるべく近づかないといけない。メディアとソースがいろいろ操作しあおうとするゲームというのは、これは普遍的だと思うんですよね」(田所昌幸)

 オールアバウトにサイトを入れてほしい、という動きがあったり、打診があったりするのはわかっていた。そして、それを極力入れるようにして、いろんなことを教えていただいた。

「オフィス唐茄子屋(注24)さんのサイトはどこのカテゴリに入れるんですか? あそこは大事だと思いますよ」
「『かわら版』も煮詰まっているところがあると思うんですけれども」
「フリーの落語家さんというのがいらっしゃるんですよ。認めない人もいるんですが、やはり・・・ねえ」

 話を伺うことで少なからず見えてくる現実があった。その一方で、聞こえてくる声もあった。

「女性がひとりでできますか。だいたいこういうのは『つぶされる』んですよ」

 そういう言葉を聞いたのは、落語芸術協会の事務所に伺った時のことだった。・・・そんな心配の声をも律儀に受けとめ、わたしはすべてを派手に実践しまくっているのだろうか。

 結局、どうすれば良かったのでしょうか? 藤野さんを怒らせた直後に電話をすれば良かった? どこに? でもわたしはなぜ怒鳴られたのかわからない。では?

 わたしは、どうすることもできませんでした。ひとりですべてを背負って、こうすることしかできませんでした。どうすればいいのかわかりませんでした。ごめんなさい。書きたい。でもダメです。限界です。

 ・・・いつの間にか佐藤くんが目覚めていました。そして、わたしは、彼に熱っぽく「演芸サイトの正しい在り方」について語っていました。

「だからさあ、あたし、こういうことをやりたかったわけ」
「俺、バカだし、本を読まないから、難しいことわからないけど、すごいなあ、偉いなあ」

 佐藤くんは、横でただただわたしの話を聞いてうなずいています。

「だからさ、落語以外のものを語りながら、その中に落語を出すことで、世間一般での落語の位置付けを示すことができればいいなあ、と思ったんだけど」
「・・・はあ・・・」
「落語の世界にとどまらなければいいんだ! 書くことで落語の外の世界に出ればいいんだ!・・・って、わかってるの?」
「・・・」
「・・・ちょっとお。何でこんな話で勃(た)つのよ?」
「いや、知らない、俺、だって」
「何よ、これ、変だ、ああ・・・」

 なぜか雑誌を片手に、ふとんにひっくりかえりました。そして、なぜかわたしが佐藤くんを激しく攻めていました。

 佐藤くんが歓(よろこ)んでいます。どうしてわたしは、今、彼とこんなことをしているのだろう。自分は受け身が好きなはずなんだけど。彼のことは好きでも何でもないはずなんだけど。わたしは冷静に彼を見つめながら、なぜか真剣に彼の体をいじめ続けました。そして、結局この時も、彼はわたしの中に入ることができないまま終わりました。そして、しばしあった後。

「俺、何でこんなことやってるんだろう・・・」

佐藤くんがぼそっ、と言いました。

「は?」
「チャネリング、ってこういうのを言うんだろうか・・・」

冷たいものが背中を走りました。

「いったい何とチャネリングしたのよ?」
「わかんないけど・・・」

 わたしの頭の中に思い浮かんだものはありました。しかし、言葉にしてしまったら、その言葉にしたものこそが、彼にふたたびとりついてしまいそうに思えました。その言葉にできない何かを懸命に避けながら、わたしがようやっと思いついた答え。

「・・・メディア?」

 わたしは狭い部屋をゆっくりと見回しました。窓から見える電線にはカラスが数羽止まっているのが見えました。

「あー、嫌よ嫌よ嫌っ! 何よこれっ! この部屋何か磁場みたいのができてない? 霊か何かとりついてない? ここにもうこれ以上いることできないよ、逃げよう!」

 ブレーキがきかなくなりまわりが見えなくなったふたりは、盗まれたくない荷物や書類をいっぱいに詰め込んだカバンを抱えて転がるように外に出て、スーパーでお弁当を買って甲州街道からタクシーに乗りました。

「明治神宮に行ってください!」

 もう、他に行き先は思いつきませんでした。

 外はのどかな連休日和でした。しかし、その空間は、今、自分が存在している世界とは、まるで別物でした。タクシーの窓の外は、スローモーションで動いているようにしか見えませんでした。

「緑がきれい・・・」
「いや、おねえさんのほうがきれいだ・・・」

 もうどうでもいい、そんなこと。

(2003.10.25)
(つづく)


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