東京でのわたしの友人は、ほとんどが落語関係で知り合った人たちばかりですが、数少ない女ともだちの例外が、中野さんと林さん(注21)です。ふたりは、わたしが以前、新聞・雑誌記事のクリッピング会社に勤めていた時の同僚です。
中野さんは会社を退社してからフランスに留学し、現在は都内の自宅にアトリエを構え、年に数回小さな画廊で展覧会を開き、折々に招待状をいただいています。林さんも会社を退社してからは三鷹でひとり暮らしでのんびりと生活していましたが、このゴールデンウィークが終わってから親の介護のために四国の実家に戻る、とのことでした。
「ねえ、ゴールデンウィークにぜひ、最後にぱーっ、とやろうよ!」
わたしは林さんにそんな話をもちかけていました。せめて、演芸とは何も関係のない彼女たちに、面白いおかしい落語の世界の話でも聞いてもらいながら、連休の一日、徹夜で過ごすのもいいんじゃないか。そう思ったのです。
林さんからメールが返ってきました。
「わたしの家じゃなくて、できればかなざわさんの家で会いたいんですけれども」
しかし、オールアバウトが始まる前から掃除機のホースが詰まり、その上サイト制作に忙しく掃除どころではなかったわたしの部屋は散らかり汚れ果て、とても友人を呼べるような状態ではありませんでした。掃除・洗濯・食事の用意と後片付け。そんなさりげない日常の家事もままならないほどのせっぱつまった状況も、わたしにとっては少なからぬストレスになっていました。男の人だったら、そばにいる女性が部屋を片付けてくれたり、ごはんを作ってくれるのになあ。そう思いながら、わたしはひとりでコンビニのお弁当をかきこみ、オールアバウトのサイトを作り続けていたのです。
「ごめんなさい、部屋が汚くてどうしてもだめです」
林さんに電話連絡を取ろうとしました。けれども、散らかった部屋の中で、彼女の電話番号を書き置いたメモ帳をみつけることがどうしてもできなくて、わたしは彼女に再度メールを出しました。
「それだったら、新宿あたりでいっしょに食事でもしませんか? お別れ前に、つもる話でもしましょうよ」
林さんからメールが返ってきました。
「10時、新宿パークタワー前にて。連絡電話090―××××―※※※※ 林」
どう読んでも、日ごろ彼女からもらっている、のほほん、とした文面のメールではありません。まるで暗号のようだ、と疑いました。彼女が直接わたしに連絡できない、言うことができない何かがあるのではないだろうか。そう思うと、少なからぬおそれすら感じました。
ゴールデンウィーク後半の祝日、わたしは、赤いスーツを身にまとい、約束の時間に新宿パークタワーに出かけました。中野さんと林さん、ふたりは笑ってビルの入り口に立っていました。三人でクラフトフェスティバルをひととおり見て回りました。そこから歩き、初台のオペラシティに行き、お寿司屋さんに入ってランチセットを注文しました。三人で一本のビールを軽く飲みながら、ひさしぶりに食べる回らない寿司は、ほんとうにおいしかった。
「ところでさ」
「ん?」
中野さんが聞いてきました。
「話聞いててこのごろ思うんだけど、かなざわさん、妙に密度の濃い人生送ってない?」
お寿司が唐突にのどにつまりそうになりました。
「え? ええ、まあ、ねえ」
「うーん、あの・・・大丈夫?」
「何が?」
「かなざわさん、部屋片付いてないから呼べない、って言ってたよねえ」
「う〜ん、ねえ」
今の自分の部屋の状態を正確に言うのはためらわれました。
「ごめんね、だからこんなところで会うことになっちゃったんだけどもさ」
「いろいろ大変なんだよねえ」
「ええ、まあ」
「部屋の様子、最近おかしくなってない?」
「大丈夫?」
「どうなんだろう・・・」
いろいろな意味で、大丈夫、と胸を張れるような状態でないことは確かなのですが・・・
林さんがとんでもないことを言いました。
「部屋の合鍵とか渡した人、いない?」
ぎょっ、としました。
「そりゃ、まあ、いないわけじゃあないけど・・・・」
昔、立川こらくと付き合っていた頃には、鍵は渡していたこともありましたが、それは返してもらったし・・・
「ねえ、本当に大丈夫? 何かおかしいと思うようなことがあったら、絶対に警察に行ったほうがいいと思う」
ふたりの目がうるんでいました。その好意をむげにすることはできません。とはいえ。
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だから、わたしは絶対に大丈夫だから」
柱の鏡に、三人の姿が映りました。わたしの姿は、全身真っ赤でした。スーツのみならず、ストッキングも、靴も。異様に燃え上がるような自分の姿に、一瞬、ぎょっ、としました。わたしが、気軽にオールアバウトのことをしゃべってしまったことで、演芸に関係ない友人にまで迷惑をかけてしまったのではないだろうか。そのことが、自分の心に重くのしかかりました。
かつての同僚の近況などを話しながら甲州街道を道なりに歩き、新宿駅までたどりついて、彼女たちと別れてひとりになりましたが、もういても立ってもいられません。家に戻ったわたしは赤いスーツを脱ぎ、ジーンズに着替え、虎の門まで地下鉄で向かい、一直線に愛宕山に向かいました。そして、放送博物館に入り、展示を見ました。わたしが、ここに来るのももう最後になってしまうのでしょうか。こちらの図書館で、放送大学の卒論を書こうとして、コピーができない昔の放送に関する資料を懸命に手書きで写し取ったこともありました。卒論のテーマは『メディアの中の落語について』です。けれども、その卒論も完成しそうにありません。そして、ここでは、わたしは参加したことはないけれども、月に一度『NHK放送番組を見る会』を利用しての『熊八ML』のオフ会が行われているはずです。cabさんもメンバーとして、オフ会には参加されたことがあるはずです。サイトに掲載されていた、楽しそうなオフ会の様子が頭の中に浮かんで離れません。
放送博物館を出たわたしは、隣の愛宕神社に入り、ひたすらに手を合わせました。どうか、今後も、ここで熊八MLのオフ会が無事に行われますように。こんなことを神様に頼むのは卑怯でしょうか。けれども、誰に何をどう頼んでいいのか完全にわからなくなってしまったんです。ごめんなさい。とにかく助けてください。神さま、失礼なことをしたわたしを許してください。そして、どうか、演芸の世界をお守りください。
神社の急な階段を下り、連休中でがらがらの道をむやみやたらに歩きながら、涙がぼろぼろこぼれました。そしてのどの奥から声をふりしぼって咆(ほ)えずにはいられませんでした。
「うぉああああああああああっ!」
誰か、都心の街中で狂おしく泣くわたしを妙だと思ってくれ、わたしに声をかけてくれ。
そう思いながら、長屋のような家並みが続く中を、高級マンションのはざまを、車が通らない連休中のオフィス街のビルの前を、坂を上り下りしながら大声で泣き叫び続け、あてもなく歩き続けました。しかし、誰も出てきませんでした。窓から顔を出す人もいませんでした。さっきのふたりの言葉が胸に突き刺さっています。わたしは、やはり、警察に行ったほうがいいのでしょうか。心配をかけてしまってごめんなさい。けれども、わたしは警察に行ってはいけない。
・・・気がつくと、そこは六本木の駅前でした。
六本木には星企画がある、ということはサイトの地図からもちろん知ってはいました。けれどもこの日は休日ですから事務所は開いていないだろう、と思いました。また、連絡もなしにいきなりわたしが来たとしても応対に困るだろう、とも考えました。わたしは、ゆっくりとあたりを見回しました。そして、ちょっと考えてから、駅前のマツモトキヨシに入ってリップグロスを買いました。なぜか無駄につややかな唇になったわたしは大江戸線と都営新宿線を乗り継ぎ、家に戻り、佐藤くんの携帯に電話を入れました。
「お願い、来て! 部屋が汚れてるの。一緒に掃除して! 晩ごはんいっしょに食べよう!」
「わかった、今すぐに行く」
一時間半後、夕暮れが迫る代々木上原駅前に、大きなビニール袋を抱えて佐藤くんが現れました。袋の中には電気掃除機が入っていました。
「ありがとう、嬉しい!」
わたしは、会社での出来事を話しました。
「あたし、池袋演芸場に行きたかったんだけどもさあ」
「そうでしょうねえ」
5月3日は、池袋演芸場、昼の部の前には落語会『福袋演芸場』が催されていました。それと同時に、新聞報道によると、亡くなられた古今亭右朝師匠の葬儀も、国分寺でしめやかに執り行われているはずでした。どちらにも行きたい、と思いました。どちらかでもいいから行きたい、と強く思いました。しかし、今の自分が抱えている状況を思うと、どちらにも足を運ぶことはできません。
翌日のスポーツニッポンのサイトには、激しく泣く古今亭志ん朝師匠と、その後ろで慟哭する故人の大学の同級生の高田文夫さんの、右朝師匠の葬儀での写真が掲載されていました(注22)。お二人の表情は深い悲しみをわたしにも強く感じさせ、その写真を確認するたび、わたしはさらに辛く切なくなりました。
「池袋に不動坊さんいただろうねえ」
「そうでしょうねえ」
「大友さんは国分寺だよね」
「そうですよね」
『不動坊火焔』さんは、落語に出てくる登場人物の名前をハンドルネームにした、落語会だけで顔を合わせる知人のひとりです。立川流の前座と落語協会の若手の会、そして円楽党の会に等しく顔を出す人で、わたしと佐藤くんふたりの数少ない共通の知人でもあります。けれども、今、彼に会ってしまったら、わたしは自分が今置かれている状況を語ってしまうことでしょう。それはcabさんのサイトの掲示板の常連である彼に迷惑をかけてしまいかねません。彼は普通の会社員であり、演芸はあくまで彼の趣味のひとつです。そんな彼に、過剰な心配をさせてしまってはいけません。
「落語会、きっと盛り上がったよねえ」
「うん、うん」
「・・・ねえ、わたし、警察に行かないほうがいいよね」
「そうですよ、きっとそうですよ」
ふたりはいっしょに駅前のスーパーに入り、野菜と肉とカレールーを買い、手をつないでわたしの家に戻りました。佐藤くんは、汚れていた部屋をきれいに掃除してくれて、その上ホースが目詰まりしていたわたしの掃除機も元どおりに直してくれました。
「これなら掃除機買わなくても良かったね」
オールアバウトのギャラで購入した充電式のスケルトンの掃除機は何の役にも立ちませんでした。
掃除がひと段落ついてから、わたしは、佐藤くんに白い封筒を手渡しました。
「チラシの裏への手書きの手紙だと、万里さんに失礼な気がしたんだ。まだ感想文、新聞社に出してない?」
「ええ、まだ出してません」
「それだったらお願いがあるの。手紙を差し替えてもらいたいんだ」
「うん、わかりました。送ってみます。そうっすよね。・・・実は、俺、応募する時に、万里さんにひとつ嘘をついてたんです」
「何を?」
「俺『寒空はだかさん見たことがない』って書いたっすよ。けれども、なんかそういう嘘ついたのが申し訳なくなってきた。きちんと『ずっとはだかさんのファンだったんで、どうしても見たかったんです』と書きます」
「そうね、そのほうがいいかもしれない」
「でも、どうして、万里さん、俺んところに電話かけてきたんでしょうかねえ。どうしてチケット2枚くれたのかなあ。確かに欲しかったけど、そんなこと書かなかったのに。夢みたいで、ほんと、信じられなくて」
夜、佐藤くんは、強烈に甘えてきました。
「おねえさん、うれしい、うれしい」
「・・・」
「俺、お母さんが早く亡くなったから、もうこうやって年上の女の人に抱かれるのが夢だったんだ」
「でも、年齢ひとつしか違わないじゃない」
「いや、でもやっぱりおねえさんっすよ。おねえさん・・・・」
わたしは全身が相変わらず重くだるくて、彼の甘えを受け止めるところではありませんでした。しかし、わたしのからだに触れた佐藤くんはひとりで歓(よろこ)びまくっていました。わたしはオールアバウトをどうしよう、ということしか考えられないのに、どうして彼はこんなに歓んでくれているのだろう。
まぐろなわたしは、それでも時折口から言葉にならない声を発しながら、一夜を彼と共に過ごしました。
(2003.10.22)
(つづく)