No.12 インフレデフレ、人生いろいろ(2)

 オールナイトライブ『朝まで雑歌屋サン!』が終わり、佐藤くんとわたしは池袋の西口から歩いて目白駅まで行きました。そして目白駅から山手線で新宿まで出て、新宿西口のファーストキッチンで朝食を食べました。日曜日の早朝の店は混み合っていましたが、どうにかふたつ空いている席をみつけ、セットメニューを食べました。

 どうして、今日、わたしは、こうやってライブを見ることができたのでしょうか。そう考えた時、まずは、万里さんにお礼を言わなければ、と思いました。そして、その次に、大友さんに言葉を伝えたい、とも考えました。とにかく、何がどう起こったかは直に伝えることはできないかもしれないけれども、自分が今、どういう状況にいるか、どういう心境かはせめて、伝えたい。

 さて、どうしようか。

 毎日新聞のライブモニター招待者は、原則として、ライブを見た後に、その感想を新聞社経由で木村万里さんに報告しないといけません。

「あのさあ、ライブの感想、これから書いて送るでしょう?」
「ええ」
「その時にさあ、わたしの手紙つけてくれないかなあ?」
「・・・はい?」
「それでね、手紙出す時にさ、もう一通『東京かわら版の大友さんに』って、手紙を付け加えてほしいんだ」
「誰ですか、それ?」

 佐藤くんはけげんそうな顔をしました。

「あのさ、『東京かわら版』って知ってる?」
「ええ、もちろん」
「その編集長の大友さん、って知ってる?」
「いえ、知りません」

 すんごくがっかりしました。

「やだあ、すごい人なんだよ、落語知ってる人で大友さん知らなかったらもぐりだよ」
「だって、俺、落語詳しくない」
「そういう問題じゃなくて。でも、木村万里さん知ってるでしょ?」
「うん、だって、『お笑いゴールドラッシュ』の審査員だったし」
「松田健次さん知ってるでしょ?」

 ついさっきまで見ていたライブの構成作家の方です。

「もちろん。『かわら版』の連載も読んでました」
「だったらなんでその編集長知らないわけ?」
「そんなこと言われても」
「だって、どうして木村万里と松田健次知ってて、大友浩知らないの? ・・・・本当に知らない? さっき、ライブにいたんだよ。わたしに挨拶してくれたんだよ。わかんなかった?」
「ああ、そういえば、何人か挨拶してたギョーカイ人みたいなオヤジ連中がいましたよねえ。関係ないから、と思って見なかったけれど、あの中にいました?」
「いた、よ!」

 わたしは、ファーストキッチンのテーブルの上で、ライブでもらった他のライブのちらしの裏に、おふたかたそれぞれに宛てた手紙を必死に書きました。家が小田急線沿線の佐藤くんとは、本来ならばここで別れなければいけません。でも、なぜか離れることができませんでした。このあたりは、彼にとっては予備校通いをした懐かしい場所でもあり、立川キウイさんの落語ライブを聞いた場所でもあり、わたしにとってはもちろん会社のある場所です。ふたりは手をつないでふらふらと代々木付近をうろつきつつ、甲州街道に沿って歩き続けました。

 彼に、きちんと案内しなければいけない場所がありました。『プーク人形劇場』です。

「『落語21』はここでやってるんだよ。三遊亭円丈師匠とか、柳家喬太郎師匠とかが出てる新作落語の会なんだ。機会があったら、ぜひ一度行ってごらんよ、面白いから。・・・ほら、入口にポスターが貼ってあるでしょ? 『東京かわら版』の佐藤さんが・・・あ、佐藤さん、て知ってる?」
「知りません」

 ほんとに、こいつは、何も知らないんだなあ。

「・・・う〜ん、とにかく、まあ、彼女が関わってる会(注17)なわけよ。すごく好きな会なの」
「そうっすか。面白いっすか?」
「うん、ものすごく面白いよ! ぜひ一度行ってみてよ、お願いだから」
「う〜ん、でもどうかなあ」

 歩き続けて初台を越え、幡ヶ谷の公園のベンチの前まで来ました。

「疲れたよね、ちょっと座ろうか」

 何げなくベンチに座った瞬間、佐藤くんがわたしにぐしゃっ、としがみついてきました。

「おねえさん! 助けて! 俺、もうダメだ!」

 ・・・・な、何!?

「今日俺辛かったんだ、このことだけじゃなく、プライベートでもいろいろあったし、だから、俺、もう、こわかったんだ、ダメだ」

 それはこっちの台詞だ! 

「ど、どうしたのよ、いったい」
「こわかったんだ、もう」
「・・・とにかく落ち着いて! わたしの家においで!」

 犬を連れた老人が、ジョギングしている人が、ベンチで崩れそうになってもつれあっている二人をけげんそうに見て、通り過ぎてゆきます。想像もしなかった、佐藤くんの反応でした。ふたりで何とか道なりに笹塚まで歩きました。そして、わたしのアパートにどうにかたどりつき、ちらかったまま、ふとんを敷いたまま、立川談志の額がかかったままの部屋に佐藤くんを招き入れました。今、わたしができることはこれくらいしかない。

「いいから、まずは眠ろうよ、ふとんに入ろうよ」
「いいんですか、おねえさん、すいません、すいません」

 佐藤くんはキッチンの板の間に正座して、頭をすりつけるようにおじぎしています。

「そんな、頭下げなくてもいいからさ、とりあえずこっちにおいでよ」
「すいません、ほんと、すいません」

 どうにか、ふたり、ふとんの中にもぐりこみました。

「いいから、眠ろうよ」
「おねえさん、おねえさん」
「何が、どうしたのよ、いったい」

 佐藤くんが強くしがみついてきました。

 とはいえ、こちらの頭の中はそれどころじゃない。体が重い。オールアバウトをどうするか、ということだけしか考えられない。目の前の男なんかより、演芸の世界を背負ってしまって体が精いっぱい。

「おねえさん、助けて、リードして」
「知らない、わたしリードしてやったことない!」

 ぎこちないくんずほぐれ・・・ないっ。

「・・・おねえさん、教えて・・・」
「知らない!」

 いったいどうすればいいんだ。ただ、ひとつだけ思うことがありました。

「いい、入れちゃだめ! そうしたら今、わたしが背負っているものをあなたが背負ってしまう! それはあなたには無理! オールアバウトはあなたには背負えない!」

 体を離しました。裸になった彼の体がごろり、とふとんの上にあお向けで投げ出されました。

「わかった、おねえさん、おねえさん、ああ」

 わたしは佐藤くんを力いっぱい抱きしめ、彼はひとりで果てました。体の力を抜いた彼がうっとりした表情で横たわるのを、わたしは呆然と見つめていました。

「・・・・おねえさん・・・」
「・・・なあに?」
「俺にとっておねえさんは紺屋高尾(こんやたかお)でした・・・」

 慄然(りつぜん)としました。

『紺屋高尾(こうやたかお)』というのは、落語のタイトルにもなっている名高い吉原のおいらん、高尾太夫に由来する名前です。神田紺屋町の染物屋で働く職人の久蔵は、生まれて初めて連れてゆかれた江戸の吉原で、飛ぶ鳥を落とす勢いの全盛のおいらん、三浦屋の高尾太夫に恋患いをし、寝込んでしまいます。おいらんに会うには三年働いて十両貯めればいい、と言われた言葉をひたすらに信じて働いた久蔵は、晴れてお大尽(だいじん)の若旦那、というふれこみで身分を偽って一夜を共にします。

 わたしは演芸ネット界のおいらんなんだ、と思いました。それも、リクルートというお大尽に買われたおいらんです。わたしは、顔を出して自由に文章を書き、サイトを作っていると思っていましたが、その実、問題が起こった時には、自分でサイトをコントロールできない、つまりはお大尽の意向に左右されてしまう、その程度の存在でしかありませんでした。おいらんというものは歴史の正史に残らなくても人々の記憶に残り、話題となり、そして落語という物語になります。『紺屋高尾』というおいらんの物語は、そうやって生まれたのでしょうか。

 わたしがオールアバウトのサイトガイドであったことは、演芸界の正史には残らないかもしれません。雑誌『東京かわら版』の『寄席演芸年鑑2002年版』にはきっと、いや、絶対残らないでしょう。けれども、演芸関係でネットに関心を持ってくれた方の心の中には、サイトリンクの依頼のメールが届いた方には、きっと良くも悪くもその記憶が残ってくれたことでしょう。わたしはインターネットを通して、演芸とまぐわってしまった娼婦、おいらん、いや、ホテトル嬢です。

 芸人は芸人でいるというだけで『寄席演芸年鑑』に載り、記録に残ります。しかし、観客は記録には残ることはできません。わたしは、一観客として、芸人さんや関係者の方々の記憶から忘れ去られるのがこわかったんです。落語に興味を持つことを許してくれないような男と無難に結婚して、主婦になって子供を抱えて、笑いがあふれる寄席演芸の客席と全く関係ないところでひとりぼっちになるのが嫌でした。それゆえに客席にいた自分の存在をどこかに残したくて、覚えていてもらいたくて、レビューを書き、週刊FSTAGEで文章を書き続け、気づいたらオールアバウトという場所にたどりついてしまいました。

 けれども、そうしたらわたしは違う形でひとりぼっちになってしまいました。自分は、リクルート・アバウトドットコム・ジャパン社に買われて、周囲の方々におそれられて、誰も手をふれることができない存在になってしまいました。けれども、ここに、会社員としての仕事の中、落語を聴く楽しみを犠牲にして、日常をぶっとばし、すべてを賭けて成し遂げたもうひとつの自分の仕事と存在を認めてくれる人が、ここにひとり、いました。

 高尾太夫と一夜を共にした後「今度はいつ来てくんなます(くれますか)?」と言われた久蔵。「実は、自分は若旦那なんかじゃなくて、紺屋の職人で、お金がなくて、次は三年経たないとここに来ることができないんです」と、本当のことを話してしまいます。しかし、その純情に感動した高尾太夫は、年期が明けてから、彼と夫婦になる約束をします。(注18)

 「落語家の彼女として、落語会の受け付けにいたおねえさんはまぶしかった、憧れでした。しかもインターネットでオールアバウトをやるなんて、俺にとっては雲の上の人だと思っていた。それが万里さんから電話があって、ライブのチケットがペアであたったんで、大好きな寒空はだかさんのライブだし、誘ったら、おねえさん、OKしてくれた。女の人誘ってOKもらったなんて、生まれてはじめてです。それだけじゃなく、はじめてインターネットも見ることができて、どんどん自分の夢がかなってゆくのがこわかった。そして、いっしょに寝ることができて、本当に、俺、今、幸せです・・・・」

 自分が憧れだった、なんて。まぶしかった、なんて。信じられない思いでした。そして、頭の中に、さっきのライブで聞いたばかりのフレーズがよみがえりました。

「インフレデフレ 人生いろいろ」。

 ・・・今ごろアンケートに書くネタができても、遅いっ。わたしの腕の中で、佐藤くんは満足そうな表情で目を閉じ、横たわっていました。 

(2003.10.15)
(つづく)


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