No.11 インフレデフレ、人生いろいろ(1)

 4月28日、夜8時半。

 待ち合わせ場所に指定した西武新宿駅の一階のカフェに、佐藤くんがやってきました。わたしは、彼を西新宿のネット喫茶に連れてゆきました。店員がわたしの会員証を見て、意味ありげに笑ったように見えたのは気のせいだけだったのでしょうか。

 会社が終わってから入り浸ってサイトを作り続けた場所です。ガイド選考中、原因不明のストレスで顔が腫れ上がった時も、やってきたNHKテレビの取材に懸命に顔を背けて、ひとりきりでサイトを作り続けた場所です。何時間いても1500円という料金に甘えて、土・日は一日8時間以上座り続けたこともあります。自宅のパソコンは型が古くメモリも少ないので、いくつものサイトを行ったり来たりしているとすぐにパンクしてしまい、サイト制作のためのフォーマットのオールアバウトのページにアクセスすることが不可能になってしまうので、ISDNにより常時接続されているネット喫茶のような場所がなかったら、サイトを作り続けることは不可能でした。

 下のセルフカフェの飲み物と食べ物だけが持ち込み可能になっていましたから、パンとドリンクをいくつか買い込み、わたしは必死にサイトを作り続けました。そうやって一日中パソコンと向かい合い、料金を払ってネット喫茶を出た後、夜10時からの新宿末廣亭の深夜寄席(注12)を聞きに行こうとしたこともありました。顔は腫れ上がり、肌はぼろぼろになっていましたが、落語を聞きたかった、そしてそれ以上に、深夜寄席の客席に必ずいるであろう知り合い、不動坊さんに会いたかったのです。しかし、新宿三丁目の駅前で財布を開いた時、手持ちのお金は450円でした。深夜寄席の料金は500円です。翌日の日曜日は、このお金でやりすごさないといけません。わたしは新宿から定期券でおとなしく家に戻りました。・・・そんなこともあった場所です。

 まずオールアバウトのサイトに入りました。そして、そこから佐藤くんが見たい、というサイトを次々に開いてゆきました。立川流の前座のページに入り、そこからまずは立川キウイ、立川志加吾(注13)ご両人のページに飛びました。ふたりがDJ番組をやっている(注14)コミュニティーFM『FMやまと』のサイトに飛びました。地元に住んでいる佐藤くんはこの番組の熱心なリスナーで、番組に出演してしまったこともあります。

「おーっ! あるよ、番組のサイト!」

 そしてふたたびオールアバウトに戻り、立川らく平(注15)、立川こらく以下、志らく一門の噺家さんのサイトに飛び、以下立川流の方々のサイトを次々に開いてゆきました。

「すごいっすねえ!」

 わたしも、はじめて、オールアバウトのサイトを、自分の顔写真を、誇りを持って自分のサイトだ、と紹介することができて、うれしくなっていました。そして最後に『2ちゃんねる』に飛びました。『伝統芸能板』の盛りだくさんのくだらなくもおかしい立川流がらみのいくつかのスレッドを読み、佐藤くんは笑い、そしてウケまくりました。

 ネット喫茶を出てから、山手線で池袋に行き、西口の喫茶店でトーストとゆで卵を食べ、新文芸坐の前にたどりついたのは11時半を過ぎたころだったでしょうか。一階の入り口の前の空間にたむろしていると、新文芸坐に入るエレベーターの前に、木村万里さんがいらして、心配そうな表情でこちらを見ていらっしゃるのがわかりました。わたしは佐藤くんの背中をそれとなく入り口に向けさせ、にこにこと彼と目を合わせて恋人のように会話を懸命に続けました。エレベーターに乗って会場(オールナイトライブ『朝まで雑歌屋サン!』注16)に入り、指定された席に座りました。わたしの隣には黄色い『パチンコマルハン』のジャンパーを着た、関係者らしき年配の男性が座りました。大友さんが通路を通りました。知り合いらしき方と挨拶をしていらっしゃいます。目が合いました。わたしは思いっきり笑顔を作りました。

「あ、こんにちわ、ごぶさたしてますっ」

 それだけしか言うことができませんでした。

 場内が暗くなり、水野晴郎監督の映画『シベリア超特急』にちなんだ? 元気いいぞうさんの携帯電話を通した語りのオープニングから、夜を徹してのライブははじまりました。

 うなる口三味線炸裂する真空ギターの寒空はだかさん、そしてコミックバンドのポカスカジャン。そして、この日の主役的な役回りの、渡米するというカルトシンガーの元気いいぞうさん。この方を聞くのは、改装される前の旧文芸坐ル・ピリエでの二代目快楽亭ブラック師匠襲名披露の落語会『寄席ごっこ』以来のことですから、何年ぶりのことになるでしょうか。『元気いいぞう歌謡ショウのテーマ』『毛糸の地引網』『なぞなぞセレナーデ』・・・・。

 この方のことをなんと言えばいいのでしょうか、どう表現すればいいのでしょうか。いろいろな言葉のとらえ方ができる、頭抱えたくなるというかあきれるというかぶんなぐりたくなるというか、とにかくそういう歌らしきものが、野太い声を通して伝わってきます。しかし席を立つわけにはゆきません。

 会場の観客にはアンケートが配られていました。

『わたしの人生をインフレにした一言!』『デフレにした一言!』

 それぞれを書いてください、ということでした。

「出演者が、ライブの最後でそれを歌にして歌います」

 ライブ仲入りの休憩時間、アンケート用紙を手に、わたしはひたすら暗い心持ちでした。自分の人生は、今、デフレのどつぼのど真ん中、見事なまでのどん底状態です。それを、ウケるように表現することなど、今のわたしにはとてもできそうにありませんでした。

「名を名乗れ!」

 『わたしをデフレにした一言』の欄にその言葉だけを書き、住所と名前を適当に書いて、わたしはアンケートを係員に渡しました。飛び入りゲストの春風亭昇太師匠の瞬間芸のような叫びの歌に驚いたり笑いころげたり、もうひとり飛び入りのウクレレえいじさんの演奏、ポカスカジャンの後輩の元気安(げんきやす)さんの芸など、深夜の池袋という空間にふさわしい、さまざまな歌や語りが披露され続けました。

そしてエンディング。この日の出演者がすべて舞台に集まり、アンケートを読みながら、さまざまな人たちの『インフレ・デフレ』体験が歌われました。『インフレデフレ、人生いろいろ』。このフレーズを頭につけて、いろいろな方々のさまざまな人生のひとコマが、出演者によって読まれ、歌われました。結婚を決めた知人が立川談志家元からもらったという幸せな言葉もありました。わたしの言葉は読まれることはありませんでした。もう、観客の輪の中に、実質、わたしは入ることはできない。かといって楽屋の中に入ることもできない。わたしはオールナイトの映画館の朝ぼらけのまったりとした空気の中、ひとりきりでライブの空間の中に存在していました。

 最後に、アンコールとして、元気さんが『花』を歌いました。この方のオリジナルでない、一般の人にもわかる歌を聴いたのは、実ははじめてのことでした。一見、良識から外れたかのような過激な歌詞ばかりを口にするこの人も、『花』のようなごく普通の歌を歌うことができるんだ、と知ったのはちょっとした驚きでした。日ごろの過激な歌詞のベールを取り去って『花』の中から響いてくる元気さんの声は、暖かさと同時に頼みもしないのにしみじみとまとわりついてくるようなひとつまみの暑苦しさを感じさせつつ、心の中に入り込んできます。

 笑うのはともかく、今、泣いてはいけない、と思いました。パチンコマルハンのジャンパーの隣にいるわたしの背中を見ている方が少なからずいらっしゃるように感じていました。その方々に心配をかけてはいけない。けれども、これから、わたしは、どこに行くのだろうか。

 元気さんの歌声は、穏やかな『花』の歌詞は、そんなわたしの心に深く沁(し)みました。

 出演者が全員舞台から消えた後、再び場内は暗くなりました。そしてオープニングの『シベリア超特急』にちなんだ元気さんのトークが繰り返され、客の出入りまできちんと構成されたと思えるステージは、午前5時につつがなく終わりました。

(2003.10.11)
(つづく)


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