No.9 ホテトル嬢の土曜出勤(1)

 寝つぶれていたところに、電話が鳴りました。

「・・・もしもし?」
「あー、どうも、佐藤です」

 わたしはふとんからもそもそと起き出し、ワンピースを脱ぎ、パジャマに着替えながら話を続けました。

「あのですね、木村万里さんから電話があったんすよ」
「・・・はあ?」
「いや、オヤジが最初に電話に出て『毎日新聞から電話だ!』なんていうもんで驚きましたよ。出たら『木村万里ですけど〜』って、『お笑いゴールドラッシュ』(注9)の審査員の時のしゃべりそのまんまだったからすぐわかったんですけど」

 佐藤くんは、木村万里さんのちょっとこもったような声の話し方を真似ながら話を続けます。

「『よろしかったら、ライブのチケット2枚さしあげますので、どなたかと一緒にいらっしゃいませんか?』って言われちゃったんすよ。俺、確かにチケット2枚欲しかったけど、そんなことハガキには書かなかったし、まさかそれで万里さんから電話がかかってくるとは思わなかったから、俺、もう驚いちゃって。向こうも本当にすまなさそうに言うから、こっちも何か恐縮しちゃったんです。で、どうです? 行きませんか?」

 そんなこと思いきり忘れてました。

 新文芸坐のオールナイトライブ『朝まで雑歌屋サン!』は、確かに魅力的なライブです。しかし、どちらかというと朝型の生活パターンの自分は上京以来オールナイトのイベントに足を運んだことがありません。しかも、このせっぱつまった時にそんなライブを見に行っていーもんかどーか。しかし、ライブの出演者のひとり、元気いいぞうさんは大友さんのごひいきのひとりです。おそらくライブ会場に行けば、顔くらいは見ることができるかな、と思いました。こちらはこういう状態ですから、話はできないかも。でも・・・

「わかった。必ず行く、と断言はできないけど、いちおう一緒に行く準備はしておいて」

 土曜日の午前中は、年に一度の神田本社での土曜出勤になっていました。土曜出勤は年のはじめにスケジュールが決まってしまっていたので、予定を変えることはできませんでした。とはいえ、実質的な仕事は、宅急便を受け取ったり臨時にかかってくる電話を取ったりする程度のものです。静まりかえった本社に入ったわたしは、媒体連絡室の原田さんの席に座りました。彼の机の上には犬丸りんの本と、コミックスが数冊置いてありました。

「わたしが土曜出勤の時には、何か面白い本を机の上に置いといてくださいよ〜」

 以前、笑い顔で彼にそう脅迫したことがあったのを思い出し、ちょっと切なくなりました。犬丸りんの本を開き、何も知らないであろう他のセクションの方々とスターバックスのコーヒーを何気なさそうに飲みながら、わたしの頭の中は「オールアバウトをどうするか」ということでいっぱいでした。いや、どうすることもできない状態になっていた、というのが正しい表現です。

 わたしへの連絡なしに、オールアバウトのサイトリンクが停止されているサイトが続出していました。円楽一門会関係のサイトのリンクが、こちらからはオールアバウトには事情を説明していないにも関わらず、いくつか停止していました。しかし、それのみならず、なぜか『落語に関連した雑誌』カテゴリのサイトばかりにリンク停止が少なからず続出していました。たとえば『サイゾー』など。その中には、実は、他の方が雑誌の表紙を紹介したページを、そのままリンクしていたところもありましたから、いわばリンクとしては反則なのかもしれません。とはいえ、サイトをひとつのカテゴリの中でくくって紹介するときには、最低でも5つのサイトを紹介することが必要である、とされていました。現在、落語や演芸を取り扱い、定期的に発行されている活字媒体というのは、正直言ってあまりありません。『落語』をきちんと取り扱う本格的な雑誌としては『落語』(弘文出版)という雑誌があります。ただし、何年に一度出るか出ないかというスパンでの発行です。

 あとは、演芸に関して言及していて東京で定期的に出されている雑誌といえば、わたしが知っている範囲では『東京かわら版』くらいしか思い浮かびません。毎月、関東エリアで開催される落語会が数多く紹介され、東京の寄席や大きな書店には必ず置かれ、300円という手ごろな定価、B5を縦半分に切ったくらいのコンパクトな大きさ。東京に住んでいて何も落語を知らないけれども興味を持ったというような人や、寄席に行きたい、と考えているような人に東京の演芸事情を紹介するには、いちばんわかりやすい存在だと思っていました。そんなこの雑誌は、関東エリアで多少なりとも落語に興味を持っている人にとっては、欠かせない存在だと考えていました。しかし、雑誌本体を紹介する公式サイトはありません(注10)。そのため、オールアバウトという場所で『東京かわら版』という雑誌をどのように紹介すればよいのか、あちこちのサイトを見ても適当なリンク先をみつけることはなかなかできませんでした。それのみならず『落語に関連した雑誌』のカテゴリは、リンク停止が続出して、カテゴリの成立が不可能な状態にまで追い込まれてしまっています。自宅には、郵送で定期購読している『東京かわら版』5月号が届いていました。その中には、オールアバウトへのサイトへの言及は一行もありませんでした。かわら版を手に、わたしはがけから突き落とされたような気分になっていました。わたしは落語界の誰からも認められていないんだ。そのことが、小さなかわら版で、大きくダメ押しされていました。

 サイトリンクの承諾の依頼は、大多数のサイトに対しては、オールアバウトからの一斉同報の形で行われていました。そして、そのメールは「リンクに問題がある場合には返信をください、お返事がない場合にはリンクを承諾したものとみなします」という形式をとっていました。できれば、こういう形はとりたくはありませんでした。ひとつひとつのサイトオーナーに直接個々のサイトに言及したメールを出し、紹介文について意見をいただきたかった。しかし、時間がありませんでした。そして、それがオールアバウトの方針でした。数百あまりのサイトひとつひとつに、個別にサイトリンクの連絡を行う時間はありませんでした。それはわかっていました。そして、一斉同報メールは、「こういう文章が、いつ、こういう形で送られます」という連絡がこちらにないまま、ある日ある時間に送られたらしいのです。

 それは仕方のないこととしましょう。でも、今、なぜ、わたしに何の連絡のないまま、サイトガイドのわたしを通り越して、オールアバウトが直接わたしの作ったサイトに手を加え、リンクが中止になってしまうサイトが続出するのか。誰がどこにどう説明して、どのように交渉しているのか。その過程はどうなっているのか。わたしには、全く何も知らされていませんでした。聞かなかった自分も悪い。けれども、こちらも、辞任を申し出るに至った事情を説明できる状態ではありませんでした。わたしはどうしてよいのかわからないまま、部屋でひとりで泣きながら取り乱すばかりでした。また、オールアバウトに電話をかけて、事情を問いただすだけのクソ度胸もありませんでした。

 サイトを作っている時、飯野さんから「サイトと解説文の一覧をテキストファイルで送ってくれれば、こちらで入力しますよ」というメールを、いただいたこともありました。また、いくつかのサイトを並べて一度に入力する術(すべ)もあったのです。ですが、並べる順番や理由にもきちんと責任を持ちたかったのと、入力するための表計算ソフトのエクセルが手持ちのパソコンやネット喫茶のパソコンに入っていなかったこともあり、順序にも気を配り、一件一件ていねいに入力したサイトリンクです。サイトの紹介順序は、解説文を書くたびに随時変化することもありました。しかし、変化するだけの理由はきちんとこちらにはありました。とはいえ、その過程と理由はまだ誰にも説明していません。なのに、その過程を全く理解されていないまま、自分の作り上げたサイトがサイトガイドの自分の手の届かないところで壊されている。それは激しいショックでした。

 わたしが落語を積極的に聞くようになった理由のひとつは「そこで人とのつながりができたから」ということもあります。しかし、そういう中で作り上げてきたつながりが、自分の人間関係が、オールアバウトのサイトの中で音を立てて崩壊してゆくように思いました。一斉同報の形で、もしくは個人的にメールを出して、サイトリンクを承諾してくださった方々は、今、わたしのことをどう思っているのでしょうか。わたしは、その方々の信頼をオールアバウトの名のもとにふみにじってしまったのです。この事実を、わたしは、いったい、どうやって、どのように説明すればいいのでしょうか? わたしは、今後、サイトオーナーの方々と、どのようにつながりを持てばいいのでしょうか?

 少なからぬ数のサイトリンクが停止されたまま、サイトの解説文だけが掲載されているオールアバウトの『落語・寄席・演芸』サイトが、全ページわたしの顔写真つきで公開されているのは、はっきりいって無能な自分の恥さらしな記録の公開以外の何物でもありません。落語協会をはじめいろいろなところから紹介文の細かい部分の訂正の依頼も来ていましたが、それをオールアバウトに「訂正してください」と連絡メールを出しても訂正されている気配もありません。そういうサイトの状態を思うと、わたしは、あまりの恥ずかしさに、媒体連絡室の部屋中を駆け回りたくなりました。

 その時、自分の頭の中に、ある言葉が差し込んできました。

「わたしは、娼婦なんだ」

 瞬間、すべてに納得がいきました。

(2003.10.4)
(つづく)


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