先週、「6・3・3制の義務教育」と書いてしまいましたが、今の義務教育は中学までで、高校は自由選択でしたね。どうもすみません。
さて、今週は、4月1日のエイプリルフールに、大好きだったマンダリンオリエンタルホテルから飛び降り自殺した香港の、いやアジアの大スター、レスリー・チャン(私を香港映画と香港にのめり込ませてくれたのは、ウォン・カーウァイと彼の出演した映画でした)のことを書こうと思ってたんですが、土曜日の朝、もっと身近な訃報が飛び込んで来て、ショックが続き、かなり精神的にも参っているので、どういうことになるかわからなかったんですが、何とか乾坤お届けします。
4日の金曜日の夕方、4月17日から上演するという昔の児童劇団の仲間とのプロデュース公演の稽古に行く途中、JR車内で倒れ、大久保駅から救急車で搬送される間に息を引き取ったのは、月光舎の舞台にも何回も出演してくれ、江ノ島にあった天文館での公演『ちはやふる』にも出てくれた、わーさんこと渡部克浩でした。死因は肝臓障害から来る心筋梗塞で、享年39歳! まったく、あまりつまみも食べないで酒ばかりガンガン飲んでるからこういうことになるんだよ!
わーさんとは、月光舎にいた石塚基光と私と“ダメな大人の会”というのを作って、若い女の子がカラオケで『檄!帝国華撃団』を歌うのを「カワイイー!」と叫んではしゃぎ回ったり、酒の勢いでバカなことをやって月光舎の女優陣に顰蹙を買ったりしてましたが(あ、特にわーさんと石塚ね)、沖縄から来てた、よこだ真斗を可愛がってくれたり、私も沖縄には何度も行ってるので、わーさんに「沖縄には悪人はいないよ。わーさんも沖縄に住んで、悪い心を改心して、いい人になれば」というと、沖縄行きを真剣に考えたりもしてました。釣りが好きで何度も誘われたんだけど、結局、一緒に行けませんでした。NHKの児童放送劇団出身で、76年には子役で『紅い花』という土曜ドラマにも出演し、それが再放送された時にはみんなで観て、「天才子役!」とかいってからかったりしました。普段は舞台スタッフとして、カンコンキンシアターの演出部をやったり、俳優座の舞台部で仕事をしたり、98年の俳優座劇場プロデュース公演『疵だらけのお秋』には役者としても出演し、そのパンフには私も拙文を書かせてもらいました。最後に、その時の文を追悼として掲載させてもらいます。
“わーさん”こと渡部克浩氏との出会いはいつだったかと考えてみたが、どうもはっきりしない。いつのまにか私の芝居に、しかも、なかなか重要な役で登場してもらっているという印象なのだ。砂の中から学生服姿で登場したり[ちはやふる]、くいだおれ人形の格好でSMAPの『青いイナズマ』を踊ったり[アリスの商人(あきんど)]、抱き合うと相手の肉が崩れるという死人同士のラブ・シーンを演じてくれたこともあった[愛のことだわ。]。中には、大工の棟梁[TKO]や家族に心配される父親[眠れぬ夜のアリス・再々演]という正統派(?)の役もあった。
私は、そういったいろいろな役を、いつも楽しそうに演じているわーさんを観るのが好きだ。たとえシリアスな役であっても、おそらく私は、客席の片隅でニコニコしながら観ているんだろうな。
……合掌。
(2003.4.8)