No.28 警察という名のメリーゴーランドで(2)

 家元の額を盗んだと自首して警察の取調室に座るわたしの目の前には、代わって、トリコロールが白地に鮮やかなブランド物のジャンパーを爽やかに羽織った男性が座られました。警察であることのカモフラージュなのか、それとも警察の方ではないのでしょうか、腕には『事務局』の腕章が巻かれていました。わたしは、改めて名刺入れから『アトラクティブ・アド』の名刺と『オールアバウトジャパン/落語・寄席・演芸サイトガイド』名義の名刺を前に、話し出しました。

「わたしは、今まで『アトラクティブ・アド』という会社に勤めてきました。そして、会社の仕事の傍ら、落語を聞くのが好きで、趣味として『週刊FSTAGE』というところで、『とりばかま』というペンネームで落語について文章を書いたりしていました。そして、『オールアバウトジャパン』というサイトで、サイトガイドという形で仕事をすることになり、一生懸命やってきました。会社の仕事にも迷惑をかけたくはありませんでしたし、しかし、会社の仕事があってのオールアバウトの仕事でした。で、落語協会、落語芸術協会、立川流それぞれの事務局の方にそれぞれご連絡をして、サイトリンクのご承諾をいただきました。そして、落語の流派には、もうひとつ円楽一門会というのがあり、そこの主なマネジメントをなさっていらっしゃる星企画の藤野さんという方がいらっしゃって、わたしは連絡をとりました。ですが、PHSに電話がかかってきた時、わたしは広告代理店の仕事をしていて電話に出ることができなかったんです。それで、折り返し連絡を入れたとたんに『名を名乗れ!』といきなり怒鳴られてしまい、わたしはどうすることもできなくなりました」

 恐怖とおそれとでこんがらがった記憶を解きほぐすように、一生懸命に話しました。今度こそは、喫茶店などではない、誰も余計な人は聞いていないであろう、窓に柵の入った警察の取調室という場所に守られることによって正直に話すことができたわたしにとっての真実であり、事実でした。

「そして、家に戻ったのですが、cabさん・・・じゃない、鏑木さん、という円楽党関連の落語家さんのサイトを作っていらっしゃる方からお叱りを受けて、サイトリンクをやめてほしい、と言われました。しかし、その方のサイトをはずすと、円楽党という存在をきちんと外部に説明できなくなるのではと思い、前もってサイトのページもFAXでお見せしていましたので、改めてリンクさせてほしい、とお願いしたのですが、許していただけませんでした。それに、その交渉をしている時には、既にオールアバウトのサイトリンクをわたしの側から変更することはできなくなっていたんです。けれども、それはオールアバウトの内部の事情ですから、鏑木さんには言ってはいけない、と思いました」

 ようやく、やっと、『あの』時のことを、第三者の人の前で話すことができました。男性は黙ってきいてくださっています。そして、そのことを大友さんに言おうと思ったけれども・・・、ということを口にしようとして、息を吸った、その瞬間。

「はいっ、そこまで!」

 えっ!?

 男性はすっ、と席を立たれました。同時に、取調室に母親が入ってきました。警察はおばのもとに身を寄せていた彼女のもとに連絡を取り、彼女は電車を乗り継いでここまでやってきたようです。

「こらくさんとは、お母さんが連絡取れるというから」

 ・・・え? いつの間に母が、こらくと連絡をとったというのだ? 彼女はこらくの家は知らないはずだぞ? 彼女はどこで何をしたんだ?

 そして、わたしは、ようやく真実を話すことができた、と思ったのに。これから話したい、知りたいことがたくさんあるのに。まさか中野さんたちはわたしがこうなるために「警察に行け」と言ったんじゃないよね。

 どうして喫茶店が、わたしが泣いた後お断りも何もなしに急に閉店してしまったのか。そして、どういう経緯で自動販売機は撤去されてしまったのか。どうして、わたしは、急に会社を辞めることになってしまったのか。いや、もちろん言い出したのはわたしではあるけれども、なぜ次長がああも慌てふためいて辞めさせなければならなかったのか。そして、なぜヘリコプターが自宅上空を飛んでいたのか。そして、警察のトイレの前に貼ってあった似顔絵はいったい誰の顔なのか・・・・。

 結局、真実は誰も何も話してくれないまま、わたしにとっての真実も佐藤くん以外の誰にも語れないまま、わたしは静岡に戻らなければならないのですか。

「では、何かあったら連絡ください」

 母に男性が名刺を渡しているのが見えました。その名刺は、ワープロで作ったような、にわか作りのような、あからさまにチャチなものにしか見えませんでした。この名刺は本物なのだろうか。そして、この人は本当に警察の方なのだろうか。いや、それ以前に、ここは本当に警察なのだろうか。わたしがここを去ったら、この建物は取り壊されてすべてはなかったことにされてしまうのではないだろうか。そう思えてなりませんでした。

 わたしは混乱したまま、母に付き添われ、ピーポくんと狸に見送られて多摩中央署を出ました。署の前にはカーキ色の外宣車が立ち、門の前で拡声器を使って何かに抗議する演説をしていました。

「われわれはぁっ、断じてえっ、多摩中央署を、許さないッ!」

 外宣車の横をすりぬけながら、とんでもないことに気づきました。

「・・・おかあさん・・・」
「なに?」
「わたしノーブラだ・・・」
「そんなの、別に大丈夫だよ」

 母は晴れた空を見て、笑っていました。

「何であんた、あんなものわざわざ警察に持っていったのよ。刑事さん、面倒がってぶつぶつ言ってたわよ」

 わたしは、黙って彼女によりかかるようにして京王多摩センター駅から電車に乗り、笹塚まで戻りました。何も言わずにわたしが部屋を抜け出した後、佐藤くんはひとりで引越し荷物をまとめてくれていました。公共料金はそれぞれ精算が済まされ、半日の間に、部屋は見事にがらん、となっていました。わたしが16年あまりのひとり暮らしで買い揃え、作り上げてきた財産としての冷蔵庫は、ラジカセは、掃除機は、米びつは、洗濯機は、本棚は、テレビは、ビデオは、すべて処分されてしまっていました。引越業者のトラックの奥には、毛布にくるまれて乱雑にほうりこまれた荷物のかけらが見えました。

 部屋に入って、佐藤くんと目が合いました。

「渡してないものがあったんで、ほら」

 佐藤くんは、カバンから白い封筒を出し、目配せしながら手渡してくれました。それは、大友さんに渡されることのなかった手紙であると、即座にわかりました。

「ありがとう」

 わたしはそれを母親に悟られないように無表情を作って受け取り、カバンの中にそれを無造作に突っ込みました。

「いや〜、ありがとう、荷造り、やってくれて助かった」
「どういたしまして」

 佐藤くんと母は、ふたりで挨拶を交わしていましたが、それは、わたしの目には、ぎこちないやらせのようにしか映りませんでした。彼は、ノーブラでTシャツ一枚のわたしに、自分のグレーのスウェットのパーカーを着せかけてくれました。

「大丈夫ですか。まずは、これでも食べてくださいよ、冷蔵庫に残っていたんですよ」

 もらいものの銀座レカンのシャーベットがひとつ、佐藤くんから私の前に差し出されました。

 ・・・これはいつ、どこで、誰からもらったものだったっけ。 

 初夏のぬくい陽射しの中、汗をかいてへたった紙のふたを開くと、シャーベットは、意表をついた血のような赤い色をしていました。ほこりっぽい部屋の中、ざくり、とカップの中にスプーンを突き刺し、すくいとって口にしました。甘酸っぱい果物の味が、熱いのどの奥に冷たく、痛く広がりました。

(2003.12.1)
(つづく)


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