久しぶりに足を踏み入れた自分の部屋の留守電FAXには、16件のメッセージが入っていました。
「佐藤です。連絡ください」
「もしもし、佐藤ですが、どうしてますか。電話ください」
「佐藤ですが、木村万里さんからメッセージもらいました。伝えたいので連絡ください」
電話はすべて佐藤くんからのものでした。他には誰からも連絡は入っていませんでした。以前使っていた留守番電話は、外からも伝言メッセージを聞くことができるタイプのものでしたが、お正月にボーナスで買い換えた普通紙タイプのFAXはそれができなくなっていました。ふだん使っているPHSは静岡の実家では電波は届かず、連絡を受け取ることはできませんでした。
「佐藤くん心配してくれてるじゃない。電話入れてあげなさい」
彼の携帯電話に連絡を入れました。電話は留守番モードになっていました。そこにメッセージを入れると、しばらく経ってから電話が入りました。
「もしもし。元気でしたか?」
「うん、まあ。で、木村万里さんから手紙、来たんですって?」
何よりそれが気がかりでした。
「ええ。そしたら、返事が来たんですよ」
「何て言ってきたの?」
「『どうしてわたしに連絡をとるのかがわかりません。今後大友さんと連絡をとる場合には、東京かわら版の佐藤さんに連絡をしてください』って」
佐藤くんは、電話口の向こうで、木村万里さんからの手紙を全文読んでくれました。そうですよね。ご迷惑をおかけして申しわけございませんでした。わたしが間違っていました。けれども、だとしたら、なぜ、ライブ招待がわざわざ二人分になったのでしょうか。どうしてわざわざ佐藤くんの家にその旨の電話がかかってきたのでしょうか。しかし、今それを追及したところで、すべてはせんないことのように思えました。そして、自分の中で、何かがぶちっ、と音を立てて切れました。
「佐藤くん、いいんだよ、もう。別にどうってことない。ただ、東京での最後の日々に君がいてくれたこと、そして本音で話せたこと。それでわたしはじゅうぶん幸せだった。オールアバウトやりながら、わたしの話をきちんと聞いてくれたのは佐藤くんだけだった。それは本当だから」
「いやあ、そうですか? そんなこと言われると、何か恥ずかしいなあ」
彼の後ろには、誰かがいるのではないか、と思えてなりませんでした。わたしは、佐藤くんを通してその姿の見えない誰かに、何かに向かって怒鳴っているような気がしました。とはいえ、今、何か頼むことができるとしたら、それは彼しかいません。
「お願いがあるの。引越しするんだ。手伝ってくれない?」
「ああ、いいですよ」
佐藤くんは気軽に承諾してくれました。町工場を営む父親とつつましく暮らす彼のもとにころがりこむというのはとても無理だ、ということはもとよりわかっています。電話を切りました。母親が言いました。
「・・・あんたはわたし相手だとろくにしゃべることもできないのに、佐藤くん相手だと話すことができるんだね」
「だって、さあ」
のろのろと引越しの準備がはじまりました。
まずは、郵便受けにたまっていた手紙を整理しました。アトラクティブ・アドからは健康保険の任意継続の加入の手続きの書類が届いていました。ですが、その申し込み期限は数日前に切れていました。総務部に電話をすればまだどうにか加入することはできたのかもしれませんが、会社に連絡をする気にはなれませんでした。
わたしは、震えながら、あらゆる必要なところに電話をかけはじめました。引越業者の手配、荷物の処分の依頼、ガス・水道・電気・電話・銀行・保険。電話口の相手は、企業名に続けて自分の名前を名乗ります。その名前がなぜか、地名と同じ苗字が続きました。
「はい、***銀行@@@支店、清水です」
「まいどありがとうございます。・・・の宇都宮でございます」
その土地の名前を聞くたびに、自分はその土地にとばされてしまうかのような恐怖にも似た思いが心の中にじわじわと広がりました。娘が電話をかける様子を、母親はじっ、と見ています。彼女の存在が邪魔に思えました。言葉が自由に出てこなくなるようでした。そういう状態の中、佐藤くんはやってきてくれましたが、男性ひとりを置いても、女ふたりの感情は激しく行き違い続けました。
「あんたはわたしなんかいなければいいと思ってるんでしょう!」
「そういうわけじゃないけどさ!」
母親は涙目で、怒りながら家から消えました。おそらく、東京の外れに住むおばのもとに行ったのでしょう。すまなさを感じつつ、佐藤くんに抱かれながら、どこかで安心している自分がいました。
・・・これで警察に行くことができる。
わたしは衣類ハンガーの裏から、一枚の額を取り出しました。この額は、落語立川流家元・立川談志師匠が、孫弟子であるところの立川こらくのために、その名前と由来? をしたためたものです。
「こらく アー ナンダカワカンナイ」
この額には、盗難届が出ているはずでした。わたしが立川こらくとつきあっていた時、女出入りの激しかった彼を引き止めるべく、当時、鍵が容易に外せる彼の下宿から額をそっ、と持ち出し、ひとりで隠して持ち続けていました。それから半年以上経ったある日、こらくからわたしのところに電話が入りました。
「今、引越ししてるんだけどさ、あの額がなくなってるんだよ。警察に来てもらってるんだけど、知らないか?」
「え、引越し? ひとりでしてるの?」
「いや、おねーちゃんに来てもらってるんだけど」
前ぶれもなく引っ越すということも驚きでしたが、それ以上に他の女性が手伝いをしている、ということに対してむかっ、ときました。確かに、わたしは会社勤めをしているから手伝うことは難しかったかもしれない。けれども・・・。わたしはきっぱりと答えました。
「いや、知らない」
とはいえ、縦1m、横60〜70cmあまりある大きな額なので、ひとりでは持ちきれず、質屋に電話をかけて「預かっていただくことはできないでしょうか」と相談したこともありました。つまり、質屋の記録には何らかの形で残ってしまっているはずです。額が盗まれたことは、立川志加吾さんの漫画「風とマンダラ」のネタにもなってしまっています。そんな理由(わけ)ありのこの額は、わたしが落語の世界に関わった思い出に、こらくと別れたとしても生涯持ち続けていよう。そう思い、ときどき部屋の壁にかけてひとりでながめていました。
しかし、状況は変わりました。これをこのままもっていては、わたしは、いつか警察に逮捕されてしまうかもしれません。静岡でがたがたしいしい、しかしどうにかこうにか対外的には穏やかに暮らしている父と母の元に、警官がいきなり踏み込んでくる光景が容易に想像できました。それは思いきり困る。わたしはともかく、家族にこれ以上迷惑をかけてはならない。額を見つめながら佐藤くんに言いました。
「最後に一緒に警察に行こう。その時にはついてきてね」
佐藤くんは強くうなずいてくれました。
ふたりで引越しの荷造りを懸命にしました。とはいえ、わたしはほとんど何もできませんでした。ただただテレビを見ては佐藤くんに時々抱きしめられ、馬鹿っ話をするばかりでした。それでも、箱に本をのろのろと詰めていると、その中に、立川志らく師匠の「全身落語家宣言」の本がありました。本に、銀行のATMの利用明細が一枚、しおりのようにはさまっているのが見えました。そこを開くと、唐突に三遊亭圓楽師匠の顔写真がありました。のどの奥から激しく痛いものが突き上げてきました。
「うわあああああああ!」
「ど、どうしました?」
「ねえ、わたし芸人さんには迷惑かけてないよね、高座には何も影響してないよね」
佐藤くんはわたしをぎゅっ、と抱きしめてくれました。
「うん、大丈夫だよ、大丈夫、きっと大丈夫」
芸人さんに迷惑をかけてはならない。自分の目的のために芸人さんを利用してはならない。自分の行動が芸人さんの高座に影響を及ぼしてはならない。それはオールアバウトを引き受けようと決意した時に、自分が無意識のうちに課していた最低限のかせであった、ということに気づきました。それがたとえ立川こらくであったとしても。深夜のテレビから、濱田マリの声が明るく流れてきました。
「君のやったことは早すぎたんだよね」
・・・それは、ひょっとして、わたしのことですか? 明るく輝くテレビに、そう問いかけたくなりました。
そして、東京最後の夜。なぜか、抱かれるのが嫌でした。ふたりでいるのはうれしい。でも、どこか落ち着きませんでした。母親を怒らせてしまったことへの罪悪感と、東京を去るということ。そしてそのことによって失ってしまうすべて。それらを思うと、せっぱつまった悲しみの中で、抱かれることを楽しむどころの精神状態ではありませんでした。それに、中に入ってこられるのはどうにも嫌でした。からだをよじり、最後の一線を越えることをわたしは声を抑えて泣きながら拒み続けました。このまま、なし崩し的にこどもを作るような形で彼とつながりを持ち続けるのは卑怯な気がしました。男の人と抱き合うというのはこういうことじゃない。十数年の東京でのひとり暮らしの中で体の中におぼろげに残っている、この部屋で柔らかで暖かい体温が太ももにまとわりつくように抱かれた時の記憶と感触が、どこかでそう言っていました。
(2003.11.26)
(つづく)