No.1 プロローグ/幸せ?な誕生日

紺屋高尾全力疾走(こうやたかおぜんりょくしっそう)

by 鳥袴たつみ(とりばかま)

・・・いえ、あの、大事なことなんでね。で、これから話をするからさ、 気に入らない ことがあっても、お終(しま)いまで聞いてよね。(立川談志遺言大全集(講談社)『芝浜』)

〜 Webサイトは人が人のために作るものです。人の問題はサイト構築の際に最大の障害になります。人的問題に冒されたプロジェクトを救える技術や専門知識などありません。プロジェクトにかかわるグループ間における意思疎通の欠如というのが、おそらく人に関する最大の問題でしょう。

・・・また、人々がプロジェクトに持ち込む別の問題には、非現実的な期待があります。

・・・Webサイトで実現できる範囲から考えて、今や経費やスケジュールなどへの非現実的な期待が多すぎます。

・・・責任者がプロジェクトを信用していなければ、最初のトラブルの兆候を認めた時点で契約を解除しかねないのです。ユーザーがサイトを信用していなければ、サイトが完成してもそれを理由しようとはしないでしょう。

・・・それに加えて、メディアとしてのWebへの理解に対する明らかな欠如と同様に、重要なプロジェクトを普通の方針で運用してしまうということもまた障害となります。最後の問題を取り去ったとしても、ユーザーや開発者、あるいは管理者がWebに不慣れであるとプロジェクトに大きな不安が残り、プロジェクトを脱線させる恐れがあります。〜

(『Webサイトエンジニアリング入門 次世代型Webサイト構築のための体系的アプローチ』より(一部略)(東京電機大学出版局)T.A.パウエル/D.L.ジョーンズ/D.C.カッツ著 篠原稔和/監訳 ソシオメディア/訳


●プロローグ/幸せ?な誕生日

 平成13年5月5日。

 この日、わたし金澤実幸(かなざわみゆき)は34歳になりました。きれいに片付いた自分の部屋で、わたしは佐藤くんと一緒にカレーを食べています。ひさしぶりに作った手作りの料理です。代々木上原の駅前のスーパーではたまねぎが売り切れていて、チューブに入ったペーストたまねぎを使いました。それにレタスとトマトを小皿にとりわけて切ってのせ、ビールの缶を開け、ふたりで小さく乾杯をしました。

「どう?」
「おいしいよ、こんなうまいカレー食べたのひさしぶりだ」
「そう、うれしい!」

 ようやくわたしはひとりきりでなくなった。そう感じていました。今まで、家族以外の人にお祝いされた誕生日というのは、過ごしたことがありませんでした。こどもの日、という祝日に産まれたわたしは、家族以外の人に日常の中で誕生日を自然に祝福される、という機会がなかなかありませんでした。上京してひとり暮らし10と6年あまり、誕生日というのはいつもさみしいものでした。

 ひとりきりでさみしくて、誰かにかまってもらいたくて、誰かに自分の体を触れてもらいたくて、美容室に行って短い髪の毛をさらに短くカットする。そして、さっぱりした頭でにぎやかな新宿末廣亭に行きます。

 毎年5月のゴールデンウィーク、つまり5月上席の末廣亭は、毎年落語芸術協会が力を入れた興行を打っています。人がいっぱいの寄席の空気の中にひとりの観客としてまぎれこみ、ころころと芸に笑い、時には泣き、満足して帰ってくる。それはそれで楽しい瞬間でした。けれども、それはその瞬間だけのことで、寄席を一歩出ると、ああ、自分はひとりなんだ、ということが心にしみてくる。高座の感動を一緒にわかちあってくれるような友達は、いない。そんな今までに比べれば、なんて幸せな34歳の誕生日なんだろう・・・・あれ?

 わたしは、こんなことをしているべきではないはずだぞ。

 4月18日、わたしはオールアバウト・ジャパンの『落語・寄席・演芸』サイトガイドになったはずなんだ。本来ならば寄席や落語家さんに取材をしたりして、原稿を書いていなければいけないはずだぞ。それがなぜこんなことになっているのだ?

 わたしは、何かを見て見ぬふりをしているような気がしていました。それはひとりの男の人の存在でした。けれども、その人のことを考えないようにしていました。考えてはいけないような気がしていました。そして、事がここにいたるまでの経緯を懸命に思いだすまい、としていました。

 この数週間、わたしは吐き気と戦いながら、どれだけひとりで激しく泣き続けたでしょうか。わたしを知る人にどれだけ心配と迷惑をかけてしまったでしょうか。そして、今、なぜかわたしのそばにいてくれる佐藤くんという男ともだちの存在。どうして彼が、今、そういう状況のわたしのそばにいてくれるんだ? すべてが何かによってつながっているように思えました。しかし、そのつながりが何であるかを考えるのはとても恐ろしいことのように思えました。

「楽しいねえ・・・」
「うん、ほんと、楽しいねえ・・・」

 白くやわらかなセーターを身にまとい、カレーとサラダとビールををたいらげ、佐藤くんに抱かれ、懸命に無難な話題の楽しい会話を必死に続けながら、この時、わたしは思いきり的外れな幸せの中にいました。

(2003.9.9)
(つづく)


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