稽古テキスト4

  ビアンカと谷(山崎部隊が活動する南海の孤島)

ビアンカ 隊長さん、隊長さん、大変あるよ。島の北側に船がいっぱいきたあるよ。早く逃げて欲しいある。

あらーっ。なんだかんだ理由つけて、すぐ俺に会いに来るんだからよ。ビアンカ!

ビアンカ はい。

俺のこと、忘れてください。

ビアンカ 谷さん、生き残ってください。

あなたたち土人はどうしてこの俺をそんなに慕ってくれるのか。俺たち日本兵はあなたたち土人をまるで土人のように扱ってきたというのに。

ビアンカ 谷、自己批判はよくないある。谷、根っからのワルじゃない。ほんとはいい人。見せかけの虚飾に身をまとい、偽りの仮面の下に自己の本質を隠蔽してるある。

お前、言ってる意味、わかってんのか。なんだ、見せかけの虚飾って、なんだ、偽りの仮面って。お前達が祭りの時にかぶるお面と一緒にしてないか。

ビアンカ ダーリン、人種差別をどう思うあるか。

なんだ?

ビアンカ 今こそ概念としての愛を骨肉化するのだー。

聞くもんですね土人が。ディスカッションは大切です。ドンパチやるのはヤクザの出入りですよ。なんかこの戦争、アメリカのマフィアと日本の博打打ちがやってるみたいなんですよ。わが山崎部隊だけでも実り多い戦争をしなければなりません。はい、ディスカッション。

ビアンカ 人種差別をどう思うあるか。

あれはいかん。差別はいかん。私差別については一家言(いっかげん)もっとります。アメリカのルーサーキングなんたらちゅう黒んぼがこいとったように、白もない、黒もない、あるのはなんだ、愛だ、夢だ、谷だ。前々からそう思っておりました。白だ黒だと狭い心で土人をバカにする奴は私がゆるさん。むしろそういうへんぴな人にこそ手を差し延べてやるのが人間であります。

ビアンカ あたし嬉しいある。

が、私、個人的には黒は好かんであります。

ビアンカ わたし、谷の言うとおり硫酸かぶったあるよ。毎日毎日硫酸かぶって、石でゴシゴシゴシゴシこすったあるよ。それでも色白くならなかったある。

馬鹿たれがよ。おめえ、誰が硫酸かぶれっつったんだよ。飲めっつったんだよ、飲めって。

ビアンカ 谷、うちの村の女たちみんな手込めにしたある。

なにっ?

ビアンカ あたし、そんな谷の残酷なところ女心くすぐられるある。でも、あたし、オッパイからビールでなかったある。一生懸命谷のこと愛したある。一生懸命、一生懸命、谷のこと愛したあるけど、オッパイからビール出なかったある。隊長さん、ほんとあるか、谷の言うとおり、愛があればオッパイからビール出るあるか。隊長さんの国のきれいな女の人、みんなオッパイからビール出るあるか。

出るわけねぇじゃねぇか、ビールなんかよ。おめぇら土人はいくらがんばったって醤油ぐらいしか出ねぇんだよ。まったく不経済な女だよ。ピーピーピーピー泣きやがってよ。

ビアンカ あたし、悪い女ある。毎日夜遅く帰るあたしを見ても、母さん何も言わなかったある。何も言わないどころか、ビアンカそんなに谷好きあるか、谷優しくしてくれるあるか、そう言っておどけてみせてくれたある。けど、ほんとは母さん一晩中泣いてたあるよ。あたしが夜中目を覚ますと、涙いっぱい溜めた真っ赤な目でにっこり微笑んでくれたある。

当たりめぇじゃねえか。娘が硫酸かぶって帰ってきたら泣くの当たり前だよ、親だったらよ。

ビアンカ 谷、なぜ母さん泣いたあるか。

何だよ。

ビアンカ 母さんなぜ泣いたあるか。

何だよ。

ビアンカ なぜ泣いたあるか。

知らん。

ビアンカ あたし考えたあるよ。母さん、あたしのこと愛してくれてるから、あたしのために泣いてくれたあるよ。あたしのためにだから母さん泣いてくれたあるよ。隣の島の部落と戦って、いっぺんに三人もの大男の首をはね、その心臓を取り出してムシャムシャ食べてた肝っ玉母さん、一晩中泣いてたある。あたしのために泣いてたある。娘が初めて男を愛した、その気持ち憐れんで泣いてくれたあるよ。そんときあたしわかったある。

何がわかったんだよ、黒んぼがよ。黒んぼの黒ミソで何がわかるんだよ、馬鹿たれがよ。ゴメン、別れてくれ。あっ、交換条件か。輪ゴムか、ほら、輪ゴムやるよ。なんだボールペンか。ほら、ボールペン・・・

ビアンカ 土人にも誇りがあるよ。あたし心に決めたある。男の愛を捨てて誇りに生きるある。土人の女にも男を捨てて誇りに生きることはできるある。それだけ言いにきたある。・・・サヨナラ、愛しい人。

  去ろうとするビアンカを谷、ピストルで撃つ。

ばん。

ビアンカ 谷、なぜ撃つあるか。ビアンカ、どんな思いで谷への愛しい思い断ち切ったあるか。死ぬほど辛かったある、谷忘れるのに。それをなぜ撃つあるか。